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増田家 家系図(伝承と史料)

墓誌・千代田町の資料・家の伝承をもとにした家系図です。名前や世代の分からないところは「不詳」とし、推測で人を補っていません。

史料・町の資料で確かめられる家の伝承(墓誌を含む家の記録)一般に言われる系譜(秀郷流の諸氏)名前・世代不詳関係の分からない人物・家
四角を押すと、その人物や家の説明に進みます。スマートフォンでは図を横に動かして見られます。

図の読み方

  • 家の伝承 増田家の本筋(初代繁敏から十六代新一郎まで)は、昭和62年の墓誌と家の伝承によります。墓誌が名を記すのは初代・二代・五代・十六代です(墓誌の全文)。
  • 町の資料 増田市八(1844〜1915年)は、千代田町教育委員会の説明板で生涯が確かめられる人物です。ただ、何代目にあたるかは分かっていないため、点線ではなく破線で本筋につないでいます。
  • 二次資料 秀郷流の諸氏・大胡氏・上泉氏は、百科事典や城郭の資料で一般に言われる系譜です。初代繁敏を秀郷流につなぐ線は、墓誌が「藤原」繁敏と記すことによる家の伝承です。
  • 二次資料 増田繁政は、城郭サイトなどが大胡城の城代とする人物です。墓誌の繁敏と同じ人物か、同じ一族の別の人かは分かりません(「増田伊勢守とは誰か」)。
  • 家の伝承 塩田家・荻野家との血縁は家の伝承です。どの代の、誰との縁組みかは調べているところです。荻野綾三郎と吟子の親子関係は、町の説明板と寺の資料で確かめられます。

系図・過去帳を探しています

三代・四代、六代から十五代までの名前、増田市八が何代目にあたるか、塩田家・荻野家との縁組みの具体的な形は、まだ分かっていません。増田家の系図・過去帳・位牌・古い書状、安楽寺の過去帳などに手がかりがあるかもしれません。お持ちの方、ご存じの方は資料を集めていますをご覧ください。